いい日

道中不快な思いをした。
車内の誰かを中傷する、あたまのやばい人たち
着飾っているけどそれも霞むやばさ
はやくどこかへ行きたかった。

でも、今日という日が、ああもうあと二時間で終わるんだと惜しむ気持ち、郷愁のような気持ちになった。
今日は明日は早く過ぎますようにといつも願っていた。いつも死ぬことを考えて、それはメメントモリではなく終幕を待ち望んでいるからであって、楽しい気持ちより決定的な絶望失望の方がどんな時も底の方に、床に、横たわっているからで、私の人生を彩るなかで普通の人のような喜びはどんだけあるかなと考えてるのと同じで、どうしても叶わない「ふつう」が耐えがたい苦しみであるから。
だから今日楽しそうにしててよかった、私もとっても楽しかった、なのに終わってしまうんだと、過去になってしまったんだと少し、愛しいものが電車を降りていった時のさみしさを感じている。
全くの他人で、私はただのファンで認識だってされてないだろうけど、それでも今日は、終わるのが惜しい日になった。
いい日になった。

ずっと好きなアーティストのライブに行きました。

ばら

薔薇の香りを好きになれたのは大人になってから。
生花の薔薇の狂おしいほど甘い匂いを嗅いだ子供は、そのあと花が苦手でたまらなかった。
見るのはいいけど、嗅ぐのはねと避けていた。
大人になってからある日、久しぶりに花を描きたくなった。描くなら本物を見て描けという教えを思い出して、何年かぶりに生花を家に飾った。
空気の流れに乗った花の香りを何年かぶりに嗅いだとき、なんていい匂いだろうと思った。

サンタ・マリア・ノヴェッラ
ローザ

イタリアはフィレンツェのブランド。
「柑橘系の入ってないフローラルノートはどれですか?」とたずね、いくつか紹介してもらったなかで、いちばん心地よかった匂い。
開いた薔薇に顔を近づけた時のような幸福感があった。
わたしの肌に乗せると、途端にそれは甘く瑞々しい、茎をうんと伸ばして花びらを開けた薔薇の香りへと変化。

憂鬱な日の支度のとき、お風呂に入る前、ミニスプレーに移したローザを胸元につけている。
特別なかおり。

自転車

ツール・ド・フランスが今年も開幕しました。

去年は無料放送の期間が色々被ったおかげで、ほぼ全編観れました。

いつもはNHKBSで放送されるダイジェストを観ていたので、実際の雰囲気をなんとなくつかめた気がします。

それってどーなの?観客!と思う所を生で楽しめる(といっていいのか)、サコッシュの受け渡しなどダイジェストだと省略される箇所、現地の綺麗な景色。

今年もそんな夏がきました。

つばめ

  • 深窓

猫の話。

動物病院を通りすがる。今日は休みなのか、暗い。

以前扉のガラス越しに猫を見た。三毛猫だった。外を見るまなざし。

あの子はどこの子だろう患者だろうかと思っていたら、病院の窓にいた。

また外を見ていた。

思わず、目を丸くさせてまばたき一回して見つめると、こちらをええっ?と見返す。

アーモンドアイのかわいらしい顔の三毛猫だった。

 

  • つばめの巣

去年見たつばめの巣につがいがいた、と思ってまた少ししてから見たら子供たちがいて、また少し過ぎてから見ると巣はからっぽだった。

道を歩くとつばめが勢いよくびゅーんと弧を描くように空を飛んでいる。

 

最近の贅沢

  • たまの贅沢

と称しているもの。
あらかじめ切ってある刺身を買って帰り、それ用に合わせたタレに数十分~二時間ほど漬け込む。
あつあつのごはんを丼に盛って、そこにツマをのせた上に漬けた刺身を並べ、最後に上から余ったタレをかけていく。好みでわさびも。
エッセイ本、南極料理人で豪華な漬け丼のレシピを知ってから、たまに刺身を買ってくるときは、漬け丼の日。

 

  • ファンタスティックビースト

某サービスに加入しているおこぼれで観た。
どんな内容なのかあまり事前調査をせず、ただ映画に収録されている内容だけをたのしむというスタイルで観た。
スキャマンダー先生が、現実の生物学者たちと同じで人間<魔法生物でとても嬉しかった。
映画に登場するオリジナルの生物というのは大概が不気味の動きをすることが多かったけど、この映画に登場する魔法生物はみんな何の不気味さもなく、むしろかわいい。
本編のあとに流れた制作サイドのインタビューや制作秘話で、実在している動物を意識したこと、スキャマンダー先生役が獣医(だったと思う)などに話を聞きに行ったこと、それらが集約されているから、不気味さがないのだとわかった。

 

  • 猫の通勤ラッシュ

目の前をさっと通り過ぎる、しっぽが短く、ぼきぼき折れてる、三毛猫。
家と家の間の、細い道(住人が勝手口から表に出る道と思われる)の奥に行ってから、ふとうしろを振りかえる。
そういうものを見た。

 

  • 銀座に行った

銀座は数回だけ、しかも目的の場所以外には行ったことがない。
いつかあこがれの銀ブラをしてみたい。
ということで先日、銀座に行った。目当ては資生堂だったけれど生憎改装中。化粧品など商品は売っているということで前から気になっていた香水を見た。
セルジュ・ルタンスの香水。
わたしは以前、このブログでセロファンの月と書いた。
そしてセロファンの夜を選び持ち帰って、いま手元に置いてある。
セロファンとは月のことではないだろうけれど、おやと思っていまこうして書いている。
さて、香水というとなかなかついて取れないほど濃い存在感のあるものが香水だと思っていたが、このブランドの匂いは空気のように存在し、つけている人に一体化することを望むかのようなそういった形の上品な薄さを感じた。
複雑すぎるわけではないから求める香りを探しやすいし、アロマテラピーの感じもある。
大半のものに香辛料が調合してあるのも特徴的。
上記のセロファンの夜以外では、
ラフィーユドゥベルラン(ベルリンの少女)
ダンブロン(ブロンドのスエード革)
グリクレール(淡いグレー)
ラルリジューズ(修道女)
ローセルジュルタンス(ルタンスの水)
このあたりが気になった。

不愉快なこと

うだるような暑さ

太陽の熱気

めぼしい服のない服屋

洋服屋さんの声かけ

近すぎる満員電車

目の前で発車する通勤電車

蠢く虫、近づいて来る虫

喋らなくちゃいけない相手

話したい人がそばにいない時

一生懸命に偉ぶって語る人を、わたしは祖母だと思う。お前の家はお前の生家じゃない、お前はここで結婚して子供を産むんだ、ここのひとと結婚するんだ、ここの家で暮らすんだと何度否定しても言った祖母と同じく、他人のことを考えず自分の主張を押し付けるために話すひとたち。こっちの話は聞いてくれないから、うんうんと聞く一定の動きをするしかない。

それを値踏みの材料にする人

死ぬときを考えた方がよいような現実

猫カフェに行きたいけど遠いとき

眼精疲労と片頭痛のときに耳をつんざく、駅前でがなり立てる騒音

ネットが死んでるとき